「Aiセンターが日本社会にもたらすもの」(主催:Ai情報センター) 報告記
序
2025年5月17日(土) 雨天の中、「Aiセンターが日本社会にもたらすもの」(主催:Ai情報センター、後援:Ai学会、福井県立大学、日本医師会、福井新聞社)が福井県国際交流会館にて開催され、私は座長としてこれに参加した。 主催者であるAi情報センター山本正二代表理事の開会の辞に続き、同時期に同会場で開催されていた国際法医放射線画像学会(ISFRI)の創設者であるマイケル・ターリ教授が来賓として挨拶され、鳥取大学医学部法医学分野飯野守男教授が通訳をされた。
1.来賓挨拶
〇マイケル・ターリ教授(チューリッヒ大学法医学研究所所長・ISFRI創設者)
1999年、CTを用いた遺体のデジタルデータ化を思いつき、virtual (仮想) + autopsy (解剖) =「virtopsy」と名付けられた。撮影データから詳細な調査が可能となり、現場の3Dデータと組み合わせることで被害者の体位、銃撃方向などの情報を画像として作成可能になり、裁判の証拠としても採用されている。
CT撮影&体表スキャン、ロボットアーム生検を行うシステム、virtual + robot (ロボット) =「virtobot」を25年前に考案され、近年に完成、使用されている。
一方、日本ではAutopsy imaging(Ai)として世界一早く書籍が出版されるなど死後画像の活用が進んでいることは、Ai学会のメンバーとの交流を通じてご存知であった。今後は日本のみならず世界中で活用が広がり、科学の世界だけでなく社会へ影響を与えることになると演者は予測している。
将来的には人工知能 (AI) と組み合わせ、『Ai×AI』とすることで、さらなる技術的発展が考えられる。そうした時代においては、ISFRIとAi学会の協同関係は学術的に貴重な機会を提供することになると演者は考えている。
ここで、福井県立大学の法木左近教授からターリ教授に記念品が贈呈された。その後、第1部「Aiの社会展開」が開始された。
◎第1部「Aiの社会展開」
座長:樋口清孝(Ai学会副理事長・国際医療福祉大学教授)
2.イントロダクション 「Ai四半世紀」
〇海堂 尊 (Ai学会名誉理事・福井県立大学客員教授)
演者の海堂氏は1999年、解剖前にCT、MRIを撮影し生前画像と対比する方法を発想し、「Autopsy imaging」と命名された。2000年に第1例目を実施し治療効果判定のために必須の検査であることが判明した。2004年、世界初のAi 関連書籍を発刊されAi学会を設立された。当初は治療効果判定を目的としたが、日本の死因究明制度の欠陥を補える「Ai センター」設置を提唱された。2006年にミステリー小説「チーム・バチスタの栄光」を発表後、社会的にAi の認知度が高まった。以後、作家として医療ミステリーなどを執筆されつつAi の普及に尽力された。
その結果、2007年「千葉大学Ai センター」が設立され、以後日本各地に「Ai センター」が開設された。2009年に第三者による読影機関である「Ai 情報センター」が、2010年には「福井Ai センター」を始めとし、群馬大、佐賀大、東北大などに次々と「Ai センター」が開設された。このようにAiの有効性は明らかなものの、従来の解剖主体の死因究明制度に固執する警察、法医学者はAiという概念の導入へは消極的で、捜査ミスや冤罪問題を解消できず、現在に至っていると演者は考えている。
なお、講演冒頭にAi学会の学術的部門の中心人物でもある聖隷富士病院放射線科部長の塩谷清司氏が登壇され、Ai学会立ち上げ当初の苦労を追加発言された。
3.「千葉大学AiセンターからAi情報センターへ」
○山本正二 (一般財団法人Ai情報センター代表理事)
演者の山本氏はAi学会創設時の理事だが、2005年、千葉大法医学教室(岩瀬博太郎教授)の検視Aiの撮影並びに読影援助でAiの実施を始められた。最初は(株)フリールのCT検診車をレンタルし十数例を実施され、犯罪見逃し防止にAiの有用性が証明された。その後、同教室では放射線医学総合研究所(現、QST研究機構)で開発されたCT検診車の無償譲渡を受け、Aiを実施した。(註:ただし岩瀬教授は一貫してPMCTという用語を用いている)。
千葉大学医学部附属病院内でもAiを実施されたが、病理解剖との対比を目的としたため症例数が少なかった。その後、Aiの単独実施も行なわれ、最終的に院内症例全例の実施となった。2007年に全国初の「千葉大学Aiセンター」を設立、県医師会の協力もあり院外の症例に対してもAiが実施された。医療事故裁判ではAiを院内で読影しても関係者と見做され証拠として採用されないため、第三者による客観的なAi読影の必要性が高まった。そこで演者は2009年「一般財団法人Ai情報センター」を開設された。今日まで同センターは中立性と客観性が担保された第三者機関として機能している。
その後、2010年には日本全国各地に「Aiセンター」が次々に設立され、「Ai情報センター」では死後画像診断の専門家集団による複数の放射線科医による読影レポートを作成されている。また、医療事故調査制度でもAi撮影が推奨されていることもあり、全国の病院からの読影依頼、遺族からの鑑定依頼が殺到し、2024年度には読影依頼数が年間268件に達したとのことであった。
4.「佐賀大学Aiセンターと放射線技師会の取り組み」
〇阿部一之 (純真学園大学非常勤講師・元佐賀大学Aiセンター副センター長)
演者の阿部氏は2008年にAi(Autopsy imaging)の概念に触れ、診療放射線技師がこの分野に関与することの重要性を強く認識された。
2010年には佐賀大学医学部附属病院におけるAiセンターの設立に携わるとともに、日本放射線技師会(現、日本診療放射線技師会)にて「Ai活用検討委員会(現、Ai分科会)」を立ち上げられ、教育テキスト『Aiガイドライン』の発刊や、「Ai認定診療放射線技師制度」の構築に尽力された。
その後、2015年に「九州Ai研究会」、2019年に「日本オートプシー・イメージング(Ai)技術研究会」を設立され、同研究会を2023年に「日本オートプシー・イメージング技術学会」に改組された。
国際的には台湾・韓国での講演、アジア・オセアニア診療放射線技師学術大会(AACRT)などで日本のAiに関する取り組みを紹介され、国際的な情報発信に努めてこられた。
本シンポジウムで、来賓挨拶されたISFRI創設者マイケル・ターリ教授のスライドで「Autopsy imaging impact for Society」の言葉に、演者が目指してきた方向性と合致するものを感じ、深い感銘を受けられた。
今後は学生教育をはじめAi関連分野における診療放射線技師の人材育成を推進するとともに、死因究明や身元確認におけるAi活用の重要性を広く啓発し、社会への貢献に努めていくことを目標にされている。
5.「日本医師会におけるAiの取り組み」
〇今村聡 (医療法人社団聡伸会 今村医院院長・元日本医師会副会長)
演者の今村氏は日本医師会常任理事に就任されてまだ間もない頃「チーム・バチスタの栄光」の作者・海堂尊氏との面談を求め、その場でAiを知ったことで、日本医師会に「Ai 活用に関する検討委員会」を設置することを決めた。その検討会にて様々な事象を検討した結果、「小児死亡全例のAi実施」を国に提言した。この際、具体的に「年間2億5千万円の予算で、小児死亡例全例にAiを実施できる」という試算を提示した。
こうした活動は国の施策にも反映され、2012年6月、厚生労働省に「死因究明に資する死亡時画像診断の活用に関する検討会」が設置され、補助事業として「小児死亡事例に対する死亡時画像診断モデル事業」も実施されることになった。更に医師、診療放射線技師がAiの基礎知識を学ぶことができる「死亡時画像診断(Ai)研修会」を関係学会、団体と連携して開催し、今日まで継続されている。
これらの事業には厚生労働省の支援があり、国の正式な事業として認められている。また死亡時画像診断(Ai)という用語は、「死因究明等推進基本法」や政府の「死因究明等推進計画」にも記載され、法的に公式な用語として日本社会に通用している。一般市民に対しては「Ai 学術シンポジウム」を開催し啓発に努めてこられた。小児死亡例調査を目的としたチャイルドデスレビューの議論にもAi視点からの提案を模索されている。Aiには実施費用問題、情報管理、人材育成問題があるが、今後は人工知能 (AI) の活用により発展していくと演者は考えている。
註)同会場で開催されていた第14回 国際法医放射線画像学会(ISFRI 2025)において、「日本では公式な死後画像の講習会は行なわれていない」とした事実誤認にもとれる発言があった模様である。今村氏の講演にもある通り、厚生労働省は日本医師会に委託し2012年より「死亡時画像診断(Ai)研修会」を毎年開催している。講師として放射線科医、病理医、法医学者、診療放射線技師など、多岐に亘るAi読影の関係者が講義を行い、多くの医師、診療放射線技師が受講している講習会が存在している。
昼食休憩後、第2部「地方都市におけるAiの発展」が開始された。
◎第2部「地方都市におけるAiの発展」
座長:伊藤憲佐(Ai学会理事長・亀田総合病院)
6.「鳥取大学におけるAiを軸とした法医実務と医学教育の取り組み」
〇飯野守男 (鳥取大学医学部法医学分野教授・Ai学会 副理事長)
法医学分野では、解剖と検案の間の死因究明の方法としてAiがある。
演者の飯野氏が所属している鳥取大学医学部法医学分野では解剖例全例にAiを実施されている。これにより局所解剖で済み全身解剖が不要となる症例も見られるとのことである。
身元調査においても生前のCT画像との「スーパーインポーズ法」にて成果が得られている。
医学教育ではAi画像を系統解剖実習に導入し、解剖前のスクリーニング、肉眼解剖と断層解剖の学習、他班との情報共有などに有効性が得られている。
他分野との共同研究として解剖学、動物学、古生物学があり、国際貢献としてブータン、インドネシアからの留学生を受け入れ、日本のAi情報を世界に発信している。
演者はこれまでの取り組みについて、以上のように述べられた。
7.「福井大学Aiセンター創設とその広がり」
〇法木左近 (福井県立大学看護福祉学部教授・福井大学Aiセンター 元センター長)
演者の法木氏は病理医として解剖前に遺体CTを撮影することを考えていたところで、病理学会の海堂氏の発表に触れAiに取り組むことになられた。
2010年に福井大学医学部に、国内でいち早く「福井大学Aiセンター」を設置された。この施設は遺体専用のCTとMRIを有する点が他施設にない特徴とのことである。創設の経緯は医学画像教育で、病理学講座が主体となり放射線部、診療放射線技師、法医学、解剖学など多分野が協働する体制を構築された。これにより医療事故や突然死の原因究明、死因特定における有用性が証明され、専門医、医学生、高校生への教育にも利用されている。
また福井県は恐竜化石の産出地として有名であり、福井県立大学の恐竜研究に協力されている。これは「Ai考古学」とも呼べる新しい学際領域であり、今後は獣医学、考古学への応用、AI(人工知能)への応用などを考えられている。演者はAi領域のさらなる展開を期待されている。
8.特別講演 「恐竜研究と3Dイメージング」
〇河部壮一郎 (福井県立大学恐竜学部教授)
河部博士は特別講演を始めるにあたり恐竜の年代、その分類などに関する基本的情報と、その研究についての概要を提示された。中でも恐竜化石を非破壊検査であるX線CT撮影により、新たな研究領域が広がった。
発端は、恐竜の卵の化石をCT検査したことである。この際、同僚である福井県立大学の法木左近教授が「福井大学Aiセンター」の創設者で元センター長であったため、同センターでのCT検査の実施が可能になり、新たな知見を得て画像診断研究の嚆矢となり現在に至っているとのことである。
この手法を用い恐竜の脳について推定することが可能になった。一例としてトリケラトプスの脳を調べると早い動作が苦手であったこと、ティラノサウルスの下顎骨にある血管神経管の形態調査から、顎は子どもを甘噛みして運ぶなどといった繊細な動作が可能であったことが推定されたそうである。来年度には恐竜学部において工業用の高線量のCT専用機の導入が決定されているため、将来的に「福井県立大学恐竜学部Aiセンター」としての運用も可能になるかもしれないと演者は展望を述べられた。
9.発表者による総合討議
〇司会 海堂尊+伊藤憲佐
Q. これまでAiをやってきて、どうだったか?
山本:生と死の違い、新しい視点が得られた。千葉大学Aiセンター、Ai情報センターなど、Ai読影専門施設の構築により、日本の医療界に貢献してきた。現在では裁判において、原告、被告ならびに裁判所からも鑑定依頼されるため、司法分野における信頼を得ている。
今村:日本社会にAiを普及させてきた。変化には反対する人がいる。医師会としては、医療部門の安全保障、社会における情報公開が可能なAiを推進してきた。また広くAiの重要性と必要性を周知させるための講演会を逐次、開催してきた。
阿部:診療放射線技師との協力体制を推進する中で、Aiに対する責任感や死者の尊厳を大切にする姿勢を伝えることができた。Aiに否定的な意見を持つ方々との対話を通じて、理解と意識の変化を促すことができた。さらに、診療放射線技師の意識も高まり、Aiへの積極的な協力体制の醸成に貢献してきた。
飯野:解剖にAi画像を併用することにより、詳細な調査が可能となった。地方の法医学教室ではスタッフが限られているため、検案よりは手間が掛かるが、解剖よりははるかに簡便、簡略で相当の死因情報が得られるAiは教室運営の上でも大変有用である。
法木:福井大学ではかつて新病院を建設した際に病理解剖室を作り忘れるというミスがあり、そのため病院とは違う棟に解剖室が建設された。そのため、Aiセンターを構築する際、他の病院でしばしば問題になる一般患者の間を搬送しなければならないという問題が生じなかったのは怪我の功名だった。
質疑応答では参加した市民から「農作業が終わってから来たが、医療分野に関してまったくの素人だが、最後の討論会だけでも非常に面白かった。最初から聞きたかった」という感想を頂戴した。なおシンポジウムの様子は福井新聞の記事に掲載された。
(2025年06月吉日 記:伊藤憲佐)